| 桃花源記の本文です(原文と書き下し) |
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晉太元中,武陵人捕魚為業。緣溪行,忘路之遠近。忽逢桃花林,夾岸數百步,中無雜樹,芳草鮮美,落英繽紛,漁人甚異之。復前行,欲窮其林。
この記事は 2025年8月13日 水 23:31 に作者によって編集されました晋の太元の中、武陵の人魚を捕るを業とす。渓に縁(よ)りて行けば、路の遠きと近きを忘れたり。忽ち桃花林に逢ひ、岸を挟み数百歩、中に雑樹無く、芳草鮮やかに美しく、落英繽紛(ひんぷん)す、漁人甚だしくこれを異(あや)しむ。また前へ行き、その林を窮めんと欲す。 林盡水源,便得一山。山有小口,彷彿若有光。便舍船,從口入。初極狹,才通人。復行數十步,豁然開朗,土地平曠,屋舍儼然,有良田、美池、桑竹之屬,阡陌交通,雞犬相聞。其中往來種作,男女衣著,悉如外人。黃髮垂髫,並怡然自樂。 林尽きて水源にて、便ち山を一つ得る。山に小口有りて、あたかも光あるごとし。便ち船を捨て、口に従(よ)りて入る。初めは極めて狭く、わずかに人を通す。また数十歩行きて、豁然(かつぜん)して開朗し、土地平らかに曠(あかる)く、屋舎厳然なり、良き田、美しき池、桑と竹の属有り、阡陌(せんぱく)交じり通り、鶏と犬聞きあふ。その中往来し種作し、男と女の衣著、ことごとく外の人の如し。黄髪と垂髫(すいてう)、並ぶに怡然して自ら楽しむ。 見漁人,乃大驚,問所從來。具答之。便要還家,設酒、殺雞、作食。村中聞有此人,咸來問訊。自云:先世避秦時亂,率妻子邑人來此絕境,不復出焉;遂與外人間隔。問今是何世,乃不知有漢,無論魏、晉。此人一一為具言所聞,皆歎惋。餘人各復延至其家,皆出酒食。停數日,辭去。此中人語云:「不足為外人道也。」 漁人を見て、大驚きて、従り来たる所を問ふ。つぶさにこれを答ふ。便ち家へ帰るを求む、酒を設け、鶏を殺し、食を作る。村の中この人有るを聞きて、みな問ひたずねるに来たる。自ら云ふ: 先世秦の時の乱しを避けて、妻と子と邑人(ゆうじん)を率ゐてこの絶境へ来たりてまた出ざるなり; 遂に外の人と間を隔つ。今これ何れかの世なるを問ひ、漢有るを知らず、無論魏、晋。この人一々聞く所をつぶさに言ひて、みな歎惋す。余る人おのおのまたその家に延びて、みな酒と食を出し。数日停(とど)まり、辞去。この中の人の語云ふ: 「外の人にいふに足らざるなり。」 既出,得其船,便扶向路,處處誌之。及郡下,詣太守,說如此。太守即遣人隨其往,尋向所誌,遂迷,不復得路。 既に出て、その船を得、便ち向路をたもち、所々これを誌す。郡の下に及びて、太守に至り、この如きを説く。太守即ち人を遣ひそれに従ひて往けば、向に誌す所を尋ねて、遂に迷ひ、また路を得ず。 南陽劉子驥,高尚士也,聞之,欣然規往。未果,尋病終,後遂無問津者。 南陽の劉子驥,高尚なる士なり、これを聞きて、欣然して往くを企つ。未だ果たさず、ついに病して終わり、後遂に問津する者無し。 |